日本人の霊性

 九州、エクアドル、アフガニスタン、ミャンマー、バヌアツ。
あちこちで起こる地震。被災した方達に一日も早く平安な日々が戻ることを祈ります。

 


東日本大震災でも各国で報道されたように、
災害時にも暴動にならず、きちんと並んで物資を受けとり、
譲り合いの精神を非常時に発揮できる、
類まれなる高い霊性を、私達日本人はもって生まれています。
そんなことができるのは、日本人だけ。
私たちは、もっと、日本人としての誇りを持っていいと思います。

 

 

イタリアなんか行くとすごいですよね。

自分のお国や町の自慢や自己主張。

母は、いつまでも自分の息子を「なんてハンサムな私の息子」

と55歳の息子にキス!という、自分は素晴らしい!

自分の家族は素晴らしい!自分の町は素晴らしい!自分の国は素晴らしい!

と自信たっぷり、自尊心が超高~い。愛国心も。

 


日本人の私たちは、敗戦国としての教育を受けてきましたから、
誰もが、「自分は素晴らしい!」とか
「日本は素晴らしい」と思うことができなくなっているのが現実だと思います。

 


だから、スピリチュアルも然りで、

外国のヒーラーやスピリチュアリストや、外国の技術ばかり、受け容れる。

外国かぶれになっている人もいますよね。


もちろん、外国のスピリチュアルの素晴らしい面も

きちんと受け容れていくことも大切ですが、

自分たちが民族・国家として受ける継いでいるDNAを
 受け容れていくことが、まず大事に思います。

 


太古の日本は、ガイアの法則や竹ノ内文書等で知られる通り、

高い文化と精神、スピリチュアリティを持っていたと思います。

そして、縄文とひとくくりにされている時代は、

いくつもの文化があり、ホントにユートピアだったでしょう。

波動の高い植物の麻文化もあり、狩猟採取による、

生きているサイクルのエネルギーを摂取していたり、

 

 

土器を見ればわかりますね。

こんなアーティスチックな土器。

 

 

 

どんだけゆとり生活なのかしら。
そして、どんだけスピリチュアルな生活してたの?って感じですよね。

 

 


弥生に入り、殺風景な土器。

 

 

生活が精いっぱいで、ゆとりがないような生活をイメージしてしまいますね。

(写真は和歌山博物館、日本の美術 様からお借りしています)

 

 

私は、学校で習った価値観や固定観念も(特に歴史)とっくに手放しておりますが、

どっちが豊かな時代か、見れば一瞬でパッとわかるのに、
教科書では、それを封印するかのように理論を入れて教わりましたね~。

 

 

 

古代の日本人は、言葉はエネルギーということを知っていました。
発する言葉で自分を浄化し、自らの波動を高めていくことができるよう、
スピリチュアル入門講座では、「言葉ありき」で始まった、
全てのエネルギーの元となっている、

古代の文化である、「カタカムナ」や「あわの歌」も少し紹介いたします。

私は、普段散歩に行ったり、掃除したりするときやその他、

日々口ずさんで、自分を浄化し、波動を上げる努力をしております。

 


日本人として織り込まれているオーラレベルのDNAにも、その振動を刻み込む。

きっと、予め刻まれていて、それを思い出す作業のような感じでしょう。

 


自分を素晴らしいと思うことと、
自国が素晴らしいと思うことは、同じことです。
全ては相似像ですから。

 


日本人として生まれた使命が私たちにはあります。
民族・国家の見えないパスポートが私たちのオーラには刻まれています。
低次の第4チャクラに残された、民族・国家レベルの

カルマやトラウマを私たちから解放していきましょう。

1人が与える影響は1万人にも及ぶと言われているのですから。

 

 

今日もありがとうございます。