愛の側面

 

この世は神の愛の箱庭。

そこで繰り広げられる日々の騒動は、

全て愛の中の出来事。

 

 

愛は多面的、多角的。

まるで、ダイアモンドように。

144面カットとか、82面カット、58面とか・・・・。

 

 

そのいろんな愛の側面を私たちは、

日々経験しているのだけれど、

個我(ウエットスーツ)の私たちは、

過去生や今生で培われた性格や、

思考パターン、視点などの

独自のフィルターにより、

「これは愛ではない」と認識し、

恐れに繋がる不安や欠乏、

心配を募らせたり、

不足を感じたり、

傷ついた経験から、

様々なトラウマが作られたり・・・・

等々、していきます。

 

 

まさに愛の劇場。

(昔、花王 愛の劇場って、

ドラマの時間帯ありましたよね。(笑)

今も昼ドラとかそうなのかな?)

 

 

はちみつと黒蜜とシロップたっぷり

かけたような過保護なほどの愛も、

愛されているという安心感

を持ち、自信を培っていく愛の側面の一つ。

 

 
「獅子の子落とし」
ライオンが自分の子を崖に突き落とす、
というような、厳しさを与え、
成長や自立を促すような愛情も
愛の側面の一つ。

 

 

よく芸能人不倫で話題になる不倫も、

複数の人を愛したり、傷ついたり、

誰かを傷つけたりする学び。

一夫多妻制を採用している国なら、

責めたり、罪悪感を

持ったりすることもなく、

問題にすらならないのに、

一夫一婦制の国だから、

私たちの意識も善悪の

フィルターに掛かってしまいます。

それすらも良い学びになるのでしょう。

 

 

争いも戦いも殺すことも

愛の一つの側面。

殺したいほど誰かを憎むという、

究極の愛の学び。

 

愛してなければ、

殺すことなどできないでしょう。

 

 

きっと一生、その人

(または一族、その社会、国など)

を自分の心の真ん中に住まわせて、

事あるごとに、瞬間瞬間に、

思い出し、また恨みや憎しみを募らせて、

ずっと、その人を自分の中心に

繋ぎ留めておく。

究極の愛。

 

 

または、相手の心のど真ん中にいたいから、

相手を傷つけることもあるかもしれません。

憎み続けてもらうことで、

愛され続けてるという。

 

憎み続けてもらうことで、

片時も離れることなく、

その人の心のど真ん中に

居続けられる。

DVとか虐待とかは

その辺の学びもあるのでしょう。

(アカシックでそのような課題の人もいますね)

 

 

カタカムナの思念で、

韓国を読み解くと、

「愛」なんですって。

 

韓ドラって、

日本のドラマにないような、

恨み・憎しみ、ドロドロで、

なかなか見れなかったんだけど、

愛がすごいってこと

なんだな~って、思いました。

半島の歴史も、ず~っと

争いの歴史ですものね。

 

 

と、見ると、戦争も、

個人間のいざこざで

傷つけられた、と言うのも、

愛されている証。

 

 

マザーテレサも、

憎しみは愛の一つの側面であり、

愛じゃないのは、無視、無関心。

と言ってます。

 

 

優しくて厳しくて、

穏やかで激しくて、

包み込んでくれて、突き放して、

美しくて残酷で・・・・・

どれもが愛の側面です。

本質は1つですが、

愛にはたくさんの側面があります。

 

 

その人の学びに合わせて、

地球上のあちこちで、

いろんな側面の愛の劇場が

あちこちで日々繰り広げられています。

 

 

あなたに文句を言って

あなたを傷つけた人も、

傷つける気はなかったかもしれませんし、

そもそも文句を言うというのは、

関心があるということですから、

それさえも愛情の証です。

 

 

最初から、愛しかなかったのです。

それも、遠くじゃなくて、

自分の家とか、庭とか、

自分の敷地内とか、目の前に。

 

 

過去生から引き継いだり、

幼少期に形成された、

「愛とはこういうもののはずだ」

という、あなた独自の

フィルターにより、

見えなくなっているだけ。

 

 

この世は愛に満ち溢れている!

 

 

神の愛の息吹がどこまでも

行き渡っているこの世界。

 

 

あなたは私で私はあなた。

私は神であなたも神。

 

 

それを思い出しながら、

この神の遊び場(リーラ)で

一瞬一瞬を楽しみましょう。

 

 

 

今日もありがとうございました。