世界が崩壊するとき

全てが愛だったんだと、

ハートで、全身全霊で気づくとき、

今までの自分の世界は崩壊します。

 

 

あんな出来事も、

こんな出来事も、

そこに愛がないと思っていて、

頑なになっていたり、

空虚感を感じていたり、

寂しさや孤独、

傷つき、自分が被害者になっている時、

自分の固定観念が、

世界を創り出しています。

 

 

そして、その世界は、

いつも欠乏だったり、

不満足を感じているから、

足りない何かを埋めようと、

躍起になっています。

 

 

資格や仕事で埋めようとしたり、

優しい言葉をかけてほしくて、

スピリチュアルや占いなどにはまったり、

誰かや何かを憎んだり、

恨んだりすることで、

埋めようとします。

 

 

しかし、そこにある「愛」に気づくと、

自分が築き上げてた盲目の世界は

崩壊します。

いともあっけなく。。。

あんなに悩んだのは何だったのか?

というくらいに。

 

 

ありがたいことに、

私自身そういう経験を

たくさんさせていただきました。

 

 

私たちは、

無意識に全てに愛があり、

自分も愛されるべき存在である

ということを知っています。

 

 

だから、愛が無いように

自分の世界からは見えた

出来事や人に傷つき、

ドラマが始まるのでしょう。

 

 

その原因は、

愛とは○○である!

という自分の創り出した、

固定観念(ビリーフシステム)

のせいなのです。

 

 

例えば、愛は48色クレヨンで、

全ての色が愛だとします。

 

 

どの色も愛の1つの側面です。

(愛の側面についてはこちらの記事)

でもあなたの固定観念(ビリーフシステム)が、

愛とは「赤」である、と頑なに信じていたら、

青という愛が来ても、

黄色と言う愛が来ても、

緑という愛が来ても、

全部「愛以外のもの」にしてしまうのです。

 

 

 

全ての物事、創造物は、

神の愛しかないのに、

来た愛を「恐れ」に自分で

塗り替えてしまっているのです。

 

 

 

しかし、そこにある「愛」

に気づくとき、愛以外に塗られた

盲目の世界は崩壊します。

 

 

そして、自分は最初から、

愛の花園の中にいて、

最初から足りないものなんて何もなくて、

ただただ、いつも愛が至る所に、

あらゆる瞬間注がれ続けていた

ということに気付きます。

 

 

頑なに築いた城壁が

見事に崩壊する瞬間です。

 

 

自力で、自分の力で

コントロールしていたことが、

どれ程、糸を絡ませているのか。

 

 

こんなに、

金太郎あめのように、

どこを切っても愛しかないのに、

自分はどこをどう見ていたのか?

 

 

あなたが、

降参する瞬間かもしれません。

みんながそうなのかは

わかりませんが、私は、そうでした。


白旗を挙げて宇宙に、

神に、完全降伏する。

サレンダーの状態です。

(サレンダーについてはこちらの記事)

 

 

自分の人生との戦いをやめる瞬間、

あなたは本来の自分、

真我、一なるものに戻ります。

 

 

しかし、「まだ、戦える!」

とあなたのエゴはささやくかもしれません。

 

 

まだ、こっちの道がある!

と何かに「希望」を見出し、

立ち入り禁止の方向に入っていくかもしれません。

 

 

エゴを手放し、

自分の人生と戦うのをやめ、

その人や物事を受け容れた時、

そこに必ず「愛」を見つけられます。

全てが必要で完璧で完全で、

すごいタイミングで起こっていたのだと、

まさに神の御業、神わざに完全降伏します。

 

 

最初から愛しかないのに、

自分がそれ以外のものを、

創り出している、自作自演の

一人芝居のドラマを抜け出し、

眺めることができます。

 

 

 

先日セッションに来てくださった

Mさんも、自分の思う愛は赤だったのに、

お父さんから送られる愛はいつも青で、

それは愛じゃない!と思ってたようですが、

自分の「愛」に関する

フィルターを広げることで、

それも愛だと思えるように認識を新たにされました。

後は、心で理解するとさらに深まりますよ^^

 

 

また、その後に来て下さった、

Yさんもお母さんからの愛を

返品し続けていたことに気づかれましたね。

 

 

何十年と拒み続けたものですから、

1度ですんなり入らなくても、

頭でわかり、そして心でわかっていくと、

自分のフィルターが広がります。

 

 

そして、自分の築いた世界が崩壊します。

もちろん、1部崩壊、半壊、全壊など、

その人とその出来事によっても違いますけどね。

 

 

そして、元々の「完璧な私」が顔を出します。

二元性を超え、いいも悪いもなく、

長所短所とジャッジすることもなく、

ありのままで完璧な自分。

 

 

1つ1つの講座を進めながら、

本来の自分に戻っていきましょう。

 

 

ニ元性を超越しつつ、

二元性を楽しむ自分。

 

 

真我が目覚め、

1つ1つの盲目の世界を終わらせていく。

そして、崩壊のがれきの下には、

愛という花がずっと咲いていたことに気づく。

最初から愛しかありませんでしたね。

神の手の中で行ったり来たり

してるだけですから、

最初から愛しかなかったのです。

 

 

それがわかった時、

外の景色が晴れでも雨でも、

外の世界に影響されない(されにくい)

穏やかな青空を、自分の内側いっぱいに

広げて保つことができます。 



湧き上がる喜び。

「今ここ」に居る、

幸せや満足、充足を感じながら、

感謝のうちに過ごすことができます。



長い夢の世界から目覚めたその時、

私たちは、肉体を持ちながらも、

自分の内に神を宿しています。

そして気づくしょう。

自分の本来の姿に。

自分が何者だったのかということに。



今日もありがとうございます。