スピリチュアル・アセンション<スクールの考え方>

今日は、ユリア画伯のお絵かきを見ながらのブログ学習です。(お絵描きアプリでいまいちだったので、紙に書いたのを写真撮りました)^^

 

 

分け御霊って言いますが、私たちは、元々こういう存在です。

 

だから、いつも源から愛のエネルギーが届けられ、孤独とか前が見えないとか、無縁です。

例えば、大きなリゾートホテルをイメージしてみたり、棟に分かれてるマンションとかイメージしていただくと、「本館」に当たるようなものが源。すべてのフロント・レセプションがあり、予約状況、宿泊客の情報が入っているし、売店もレストランも、温泉もエステもあったりしますよね。そして、渡り廊下、通路を通って、個別の部屋があり、それが「私(自分)」だと仮定します。

 

だから、「○○」欲しいってフロントに電話すれば、部屋に届けてくれたり、ルームサービスを持ってきてくれたりする。いつも「私」の願いを「源」は聞いてかなえてくれる。「源」と「私」は一体だから、いつでも送られてくる愛をいっぱい受け取り、幸せでいられる。

 

 

しかし、愛しかないのに愛が感じられないなら、もし電話が通じないなら、回線が切れてる。通路がガラクタや泥やごみなどで埋め尽くされて。だから、送ってくれてる、愛も届かない。で、その通路を埋め尽くしているのが、今生、または過去世から引き継いだ欠乏、不安、心配、悲しみ、寂しさ、孤独、低い自尊心、自己価値不足、後悔、恨みなどの様々な「恐れ」。

 

「恐れ」で源との通路がふさがっているから、分離され源からの愛も、声も届かない。不安でしょうがない。孤独、絶望、心配、不安などの恐れに飲み込まれている状態。だから、源(神)は天使やマスターなどを派遣して愛を届ける。自分の部屋の煙突や窓から天使やマスターなどが愛を届けに来る。そして、自分の部屋の窓からしか景色は見えないので、夜空ばかり見てればそのうち、宇宙からの使者も来る。

 

 

そして、自分ではそれを受け取れない人は、霊能者やチャネラーなどを通してそれらを受け取り、それが神だと勘違いする。通路ふさがっている人は、やるべきことは、この「恐れ」を通路から片づけることなのですが、それをしないで、霊能者やチャネラー、新興宗教などに何とかしてもらおうと助けを求めたり、すがったり、神の使者を神だと思ったりする。(←世のスピリチュアルの多くはこれ。)

 

 

もちろん、通路ふさがっているうちは、不安でしょうから、恐れで回路がふさがっているうちは天使とかマスターとかに一時的に、またはある一定期間はサポートしてもらうことはいいことです。(以前は当スクールも、メニューを設けていました。)彼らに勇気づけてもらいながら、不足しているものを補ってもらいながらも、自らがやる作業としては「恐れ」のお片付けをしていくことです。それは自分でしか出来ないことであり、自分でやるしかありません。

 

 

で、実は「恐れ」は「恐れ」ではないんです。「愛」に見えなかった自分の価値観だったりします。その価値観が多くのトラウマを増幅させてしまうのです。だから、「恐れを愛に変えていく」、または「恐れの中に愛を見つけていく」作業がここでいうお片付けです。「源」と「私」の間には最初から「愛」しかないのですから。

 

 

そして、「恐れ」の片付けをしていくうちに恐れが減ってくるから、源からの愛が通路を流れてくる。源からの愛が受け取れるから、幸せに過ごせる時間が多くなる。外が雨でも晴れでも、ウエットスーツ、着ぐるみの演じる役に惑わされない、青空の自分を内側に保つことができます。そのことを、「悟り」とか「覚醒」とか「目覚め」とか「アセンション」とかいいます。(←これが本来の本当のスピリチュアルで、うちのスクールで目指しているもの)  昔からの仏教とかキリスト教、インドの聖典とか、チベット密教とかは、ここに至る道のりのことを説いてますし、不食者や菜食主義者、ヨギ(ヨガ行者)、修験道の行者、禅の行者などがそれを実践しています。

 

その多少のエゴさえもいらない人は、全開通になって、アセンション街道まっしぐら。来世や来来世はマスターになっているでしょう。(笑)

 

 

 

そして、私と同じように、Aさんも、Bさんも、Cさんも源と繋がっている。っていうか源を介して、私と繋がっている。この時点では、「私」はない。ワンネス。すべては一つの感覚。 

 

だからまだワンネスの感覚になっていなくても、Aさんを故意に痛めつけてしまったら、自分にも痛みが走る、ということを私たちは理解しておくべきですよね。もちろん、Aさんの学びのために、そういうつもりはないけど結果として傷つけるという源の設定したシナリオがあるのかもしれませんが、ここで言っているのは、故意にということ。

 

 

それから、源の設定しているシナリオを無理に突破しないこと。執着を手放すこと。例えば、3回電話して予約が取れなかった美容室とか、空いてるのに2回とも入れなかったカフェとか、自分がいくら身を粉にして尽くしてあげても喜ばないのに、声がけしかしてないDさんに好意的とか、続けて何度もその試験や会社に落ちるとか・・・・・。うちなら、メールの送受信がスムーズじゃないときとかがサインの一つですが。。。。そこじゃないよ、ってサインです。

 

 

ですから、その人の通路の状態によって、見えるもの、感じている世界が異なりますが、スピリチュアルの全体像が分かれば、私たちは実は一度も「個」になったことなどないし、恐れるものなどないというのが理解できると思います。

 

 

2018年11月12日追記:

また、その人のドラマは、その人の見え方、感じ方が作り上げていますので、今設けている講座では、できるだけ、自己の「光」にフォーカスし光で自己を溢れさせ、例え闇があってもそれを上回る光で溶かしていけるような目線を養う内容となっています。そして、内なる神を目覚めさせていく(悟り、アセンション)ことをサポートしていきます。

 

 

 この全体像を皆さんと共有できれば嬉しいですし、ここのスクールの立ち位置をご理解していただいた上でご利用いただければ嬉しいです。 

 

 

今日もありがとうございます。